| 所在地 | 南信/茅野市北山蓼科 |
|---|---|
| アクセス:車 | 中央道諏訪ICからビーナスライン(県道192号)を蓼科・北八ヶ岳(旧ピラタス)ロープウェイ方面へ、約30分 |
| アクセス:公共交通 | 茅野駅西口からアルピコバス(旧諏訪バス) 北八ヶ岳ロープウェイ線約30分「プール平」バス停下車すぐ |
| 入館可能時間 | 10~16時 |
| 休業日 | 5月中旬~11月初めの土日祝日などと夏休み・蓼科高原映画祭の期間中のみ開館(外部はいつでも見られます) |
| 料金 | ¥100 |
| 電話 | 蓼科観光協会 0266-67-2222 |
| web |
料金や営業日時などは最新の情報でない場合があります。公式サイトやお電話等で直接ご確認ください。記載内容が正確でない場合も、施設に責任はなく、当サイトでも責任は負えません。
とっておき情報
無藝荘は、昭和の日本映画の巨匠で今も世界的に名高い小津安二郎監督が、別荘として使用し、「東京暮色」以降の脚本の執筆や映画関係者と交流した建物です。小津監督は、小津作品のシナリオを数多く執筆した脚本家の野田高梧さんに誘われて訪れた蓼科を気に入り、1956年にこの建物を借りて「無藝荘」と命名し、年中仕事場として滞在するようになりました。
無藝荘の建物は、茅葺きの屋根で、本格的な囲炉裏があり、純和風の建物で、当時の暮らしを知ることもできます。地元の方々が交代で火代番)」として管理していて、小津監督の蓼科でのエピソードを話してもらえるのも魅力です。
以前は、小津安二郎記念蓼科高原映画祭の期間中だけ公開されていましたが、小津生誕100年の2003年に移築された後はグリーンシーズンの週末や繁忙期に公開されています。
小津 安二郎監督は
「東京物語」撮影時の小津安二郎監督「東京物語」・「秋刀魚の味」などを代表とする作品で、故黒沢明監督と共に世界の映画人に大きな影響を与えました。黒沢監督がアメリカの西部劇やスターウォーズなどに影響を与えた一方、小津安二郎監督は、ドイツの名匠ヴィム・ベンダース監督など、ヨーロッパやアジアなど多くの映画人に熱烈に愛されています。
そのの独特の作風は、畳の部屋でローアングルで映したり、向かい合う人物の会話を肩ごしに切り替えて写すカメラワーク・感情を抑えた演技で観客の心に訴えかけるなどで、ハリウッドなどの商業的な映画の過剰演出・過剰演技と対極にあり、没後50年を過ぎてむしろその存在価値は高まっています。映画ファンの間では、親しみをこめて「小津安」と呼ばれます。
主な収蔵物
- 映画「東京物語」の公開当時のポスター
小津安二郎記念館無藝荘
この地では、小津が亡くなるまで7年間6作品が作られたそう。
山奥の静かな場所にあると思い込んでいたので、ここ?と驚いたけれど、もともとあった場所は、現在の地から1キロ程離れた所で、2003年小津生誕100年を記念して現在の場所に移築されたのだとか。
閉館後なので中は見られず。
次回は小津の散歩道も歩いてみたい。
#小津安二郎
#無藝荘
#茅野市
5月 10
紅葉の無藝荘
南側のもみじの葉が高温障害で葉焼けで一部枯れてしまってましたが、茅葺屋根ともみじ綺麗でした
#無藝荘 #蓼科高原 #小津安二郎 #囲炉裏のある家 #別荘 #歴史的建築物 #茅葺屋根 #紅葉 #紅葉の名所 #長野県の史跡#長野のいいところ #しあわせ信州 #長野県の観光スポット #長野県の歩き方 #naganojapan
11月 5
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小津安二郎の蓼科の仕事場、来客招待の場所『無藝荘』
昭和30年代から小津はこの地に仕事場を移し、亡くなるまでの7年間で6作品がここで執筆された。この囲炉裏端の定位置で酒を傾け、脚本家の野田高梧とともに、1本のシナリオが完成するまで、愛飲した蓼科の銘酒「ダイヤ菊」の空き瓶が100本は並んだという。
元々は諏訪の片倉製糸当時の社長、片倉五郎が持っていた諏訪の古民家。茅葺きや壁は修復されたが、佇まいは小津安二郎が住んでいた頃の風情そのままなのだとか。この辺りに昭和の映画人が当時続々と別荘を建て、笠智衆や進藤兼人、今村昌平、佐田啓ニなど…さぞ賑やかだったことだろう。
目を引いたのは水車の端材からつくられたという洗面台の曲線。諏訪の鉄平石貼りの浴室、囲炉裏にいぶされて飴色というか真黒な囲炉裏の木組み、天井。
現在は茅野市所有。開館しているところに通りがかり入館してみる。囲炉裏けぶり目がかすむ中、ここのことばで火代(ひじろ/囲炉裏)番をされている地元のボランティアの方のお話は、止まることがない。小津安二郎の当時の恋人のお話は、知らなかったなあ。
#小津安二郎 #yasujiroozu
#無藝荘
10月 18
蓼科にある小津安二郎の記念館「無藝荘」を訪ねました。
無藝荘は小津監督が晩年に仕事場、接待の場として使用した茅葺き屋根の山荘で、俳優や監督なども集い
作品への熱い議論を交わした場所だそうです。
案内のスタッフの方が囲炉裏を囲んで
(この囲炉裏ですき焼きを召し上がっていたとか)
いろんなエピソードをお話ししてくださいました。
当時、どのように東京の映画会社と連絡を取られていたか、どんな交通手段で東京から蓼科まで来られていたか、それに監督のパートナーの事なども。
とても興味深いお話ばかりでした。
「さっき玄関で写真を撮ってたワンちゃんは?」
と、犬たちのことも気にしてくださり、
抱っこして入れる犬なら入館オッケーですよ」と
教えてくださいました。
🍂次は11月1日から3日までが開館日だそうです。
その頃はきっと紅葉もきれいだろうな。。
4月から11月の間なら5人以上で開館してくださるらしいです。
「小津の散歩道」と言うお散歩のコースがあり、
無藝荘から笠智衆の山荘、佐田啓二の山荘
進藤兼人や井上和男監督の山荘を回って
無藝荘まで戻る約2時間のコースなのだそうです。
小津安二郎の映画 まだまだ観ていないのがたくさんあります。
また映画館で観る機会があればいいなぁと思っています。
#無藝荘
10月 13
蓼科高原に来ています。
蓼科は、蒲田ゆかりの文化人が
夏を過ごした土地です。
映画監督小津安二郎は、脚本家の
野田高梧とともに、蒲田を舞台にした
映画作品の脚本を蓼科で練り上げました。
「早春」、蒲田近くの六郷土手をイメージした
「おはよう」や池上線石川台駅ホームがロケ地である「秋刀魚の味」。
蓼科では、蒲田を想ってしまう何かが
あるのもしれません。
蓼科と蒲田は、つながっている。
小津安二郎が散歩しただろう蓼科大滝付近で、ワンショット。
「自分は、豆腐屋だから、豆腐しかつくれない。」
小津安二郎の映画がワンパターンと言われも、自分のスタイルにこだわった
言葉が聞こえてきそうです。
暑い日が続きます。
皆様ご自愛ください。
#小津安二郎
#野田高梧
#小津安二郎が愛した蓼科
#無藝荘
#雲呼荘
#蒲田切子
8月 6
蓼科最終日は、物凄く良いお天気になりました。
昨日の滝の様な雨と雷が嘘の様!
リゾートホームに入居の伯母に会いに行き、目の前にある小津安二郎の無藝荘に…と思ったら休館日。
昨日借りた傘を返しに[ハーバルノート]に寄って、きりだめ蕎麦を食べて帰路につきました。
#テラス蓼科
#無藝荘
#ハーバルノートシンプルズ
#おっこと亭
#きりだめそば
7月 11
異常な夏が本気出してくる前に歩く。
少しずつコースが増えてきた。
船山十字路登山口を目指し、阿弥陀聖水まで歩くとスッとひんやりした空気に包まれる。
この時期はズミやエゴノキの白い花たちや、レンゲツツジに迎えられるように続く一本道も爽やかでよい。
無藝荘を目指し、“小津(安二郎)の散歩道”の地図をもらい歩くのも発見がある。
森の中の別荘地からちょっと外れた場所に笠智衆の別荘を見つけたり、丘の上静かに佇む一本桜から蓼科山が望めたり。
どこを歩いても水が豊富に流れていて心地よい。
#無藝荘
#阿弥陀聖水
6月 18
🇮🇹
『無藝荘』
日本映画の巨匠
小津安二郎が
晩年を過ごした
茅野市蓼科の山荘が公開されてるというので行ってきました
「東京物語」や「秋刀魚の味」などで知られる小津安二郎は
蓼科で借り受けたかやぶき屋根の山荘を「無藝荘」と名づけ
昭和38年に60歳で亡くなるまでの
7年間
仕事や接待の場として使用しました
茅野市は2003年に
小津の生誕100年を記念し
建物の保全の為
数100メートルはなれた
現在の場所 (プール平) へと移築
室内には
小津が
すき焼きやカレーで
来客をもてなしたといういろりと鍋
それに浴室などが残されていて
「火代番」と呼ばれる案内役が小津の暮らしぶりや地元の人たちとの交流の様子を伝えています
照明も何もかも
そのままこちらに移築したらしく
この囲炉裏の端っこが定位置だったそう
小津を慕って蓼科には
沢山の映画監督や俳優が訪ねたり
暮らしていたそう
肌寒い日だったので
囲炉裏で暖をとりつつ
施設の方に色々とお話を伺いました
囲炉裏の火
ずっと見ていたくなりますよね🔥
『東京物語』
観てみたくなりました✨
#無藝荘
#小津安二郎
#蓼科
#小津安二郎記念館無藝荘
6月 6
無藝荘や
周辺で行われるイベント
小津安二郎記念 蓼科高原映画祭
「東京物語」などで世界に名高い故小津監督ゆかりの地で行われ、国内外から映画人やファンが集う | |
| 時期 |
9月末~10月初め |
|---|---|
近隣のおすすめ
スポット
野田高梧さんが脚本を書き、小津監督や出演した俳優たちが集ったもう1つのユニークな名前の別荘「雲呼荘」があった場所に、野田さんの遺品を保存・公開する「野田高梧記念蓼科シナリオ研究所」が2016年にオープンしていて、「新・雲呼荘」という愛称が付けられています。
散策コース
無藝荘・雲呼荘跡などを巡る散策コースが、小津さんや野田さんがよく散歩した道として、2013年に「小津の散歩道」の名前で整備されました。
その他、蓼科山登山コースのページもご参照ください。
近くの宿
by じゃらん Web サービス
近くのお食事処



















