| 所在地 | 東信/〒386-1213 上田市古安曽3462 |
|---|---|
| アクセス:車 | 上信越道上田菅平ICから別所温泉方面に行き、別所温泉入口左折後、前山寺入口の看板を右折。ICから約30分 |
| アクセス:公共交通 | 上田電鉄別所線塩田町駅から「信州の鎌倉シャトルバス」(4~11月のみ)7分 |
| 入館可能時間 | 無言館:9~17時・KAITA EPITAPH 残照館:10~16時 |
| 休業日 | 無言館:火曜(祝日の場合は翌日)・KAITA EPITAPH 残照館:土日月のみ開館 |
| 料金 |
無言館:¥1,000(高大学生¥800・小中学生¥100)・KAITA EPITAPH 残照館:無料 ※かつては、無言館は、500~1000円の随意制という方法でしたが変更されました。 |
| 電話 | 0268-37-1650 |
| web |
料金や営業日時などは最新の情報でない場合があります。公式サイトやお電話等で直接ご確認ください。記載内容が正確でない場合も、施設に責任はなく、当サイトでも責任は負えません。
とっておき情報
「無言館」と「KAITA EPITAPH 残照館」は、「信州の鎌倉」と呼ばれ、別所温泉のある塩田平にあります。どちらも、作家故水上勉さんの息子である窪島誠一郎さんが私財を投じて運営されている、世界的にもユニークな美術館です。
無言館は、戦没画学生たちの遺作となった絵画・作品・絵の道具・手紙などを専門に収蔵展示しています。芸術の才能を花開かせる前に戦場で散った画学生の作品は、涙なしには見られず、観覧中にあちこちですすり泣く声が聞こえることもあります。
窪島さんの「戦没画学生達は反戦のために絵を描いていたわけではない」という考えで、反戦のメッセージを前面に出さず、作品を淡々と展示していることでより深い感銘を受けます。
2009年からは、全国から寄せられる戦没画学生の絵画をより多く展示するため、ドーム型の第二展示館もオープンしています。2014年から海外の戦没画学生の作品も収集展示しています。
2024年に、共同館主として、窪島誠一郎と交流があった俳優の故樹木希林さんの娘で文筆家の内田也哉子さんが就任されることになりました。
無言館と少し離れた場所にある「KAITA EPITAPH 残照館」は、若くして病死した画家のデッサンなどに展示して2018年に閉館した「信濃デッサン館」を名称を変えて2020年に再オープンした美術館です。閉館した時に、多くの作品が長野県信濃美術館に売却・寄贈されましたが、手元に残した作品が展示されています。特に、農民美術運動を指導した洋画家山本鼎のいとこの村山槐多や、詩人の立原道造の作品が見られます。名称の中の「EPITAPH」は墓碑銘(お墓に彫刻された文字や短文)の英語です。
窪島 誠一郎さんと水上 勉さんは
窪島 誠一郎さんは、1941年に東京で生まれ、戦争の混乱期に父の水上勉と別離し、スナックや画廊を含むいろいろな仕事をしてから、1979年に長野県に信濃デッサン館を設立されました。お父さんとの再会や確執、信濃デッサン館と無言館を題材にたくさんの本も執筆されています。
お父さんの水上勉さんは、1919年に福井県で生まれ、極度の貧困や戦争を体験した後、直木賞を受賞して社会派の作家となり、「飢餓海峡」「五番町夕霧楼」などの著名な作品を発表しました。長野県の軽井沢・現在の東御市に拠点を移し、2004年にそこで亡くなりました。
無言館・KAITA EPITAPH 残照館の公式新着情報
2026.10.4
やっと、行けました。。。
長野県上田市の郊外の、
"戦没 画学生 慰霊美術館"『無言館』へ
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#無言館
#戦没画学生慰霊美術館
#窪島誠一郎 さん
#野見山暁治 さん
#ネルソンさんあなたは人を殺しましたか
10月 8
「森山直太朗&内田也哉子 in 無言館 アコースティックライブ&トーク 〜奏でと語りの昼下がり〜」2026.10.6
戦後80年を過ぎた今日。時代は大きく変わり、さらなる過渡期にある今日、戦争とはなんだったのだろう、と改めて向き合う時間が増えてきました。終わったことだけれど終わっていない。
終わっていないというのは、多分今を生きる僕らが実はいまだに本当の意味で向き合えていないからなのかも知れないと感じています。
無言館には名前を知られることのなかった、強烈にその時代を生きて亡くなった「画家」の作品が並んでいます。想像に過ぎないけれど時代背景を知っているからこそ、その想いが絵から伝わってくる、、だけではなく、純粋な絵への情熱、戦前戦中に彼らが社会や時代とは関係なく本当に命をかけたかったものの姿を感じずにいられません。それは今を生きる僕らにも大きなヒントになっているはずだと感じます。
想いはずっとそこにあるのに、それをいまだに受け取れていない。それが戦後81年ずっと続いている課題なのかも知れない。その為には形にされた言葉に受動的に理解した気になるだけではなく、多くの視点を持ち、疑いながらも全身で感じようとする能動的な力が求められるのだと思います。
窪島誠一郎さんの想いで作られた無言館に、直太朗さんと也哉子さん(そしてなんと坂本美雨さん!)の声が響き、大きなものを感じずにはいられない空間が生まれていました。
なんという素晴らしい企画。
この場所でご一緒できて光栄でした。
窪島さんおすすめの打ち上げの餃子も最高でした✨
#無言館
#窪島誠一郎
#内田也哉子
#森山直太朗
10月 8
無言館・窪島誠一郎さん
水上勉さんが作家として世に出る前、
肺結核と生活苦によって育てることができず
他家にもらわれていった窪島誠一郎さん。
窪島さんは、
自分が水上氏の実子であることを知らずに
養父母のもとで慈育されたが、1977年、彼が35歳の時
実父が水上勉氏であることをつきとめた。
「事実は小説よりも奇なり」
その再会はNHKのドラマにもなった。
窪島さんは水上氏と再会した頃
既に小劇場、喫茶、画廊を経営する青年実業家だった。
長野県上田市に、夭折した画家の作品を集めた
「信濃デッサン館」」(現KAITA EPITAPH残照館)
の開館を計画中であり、それがその後の
戦没画学生慰霊美術館『無言館』へとつながった。
その窪島さんの著作である3冊の本を読んで
先日『無言館』を訪れた。
窪島さんが、実父である作家・水上勉を敬愛し、
その息子として新たな人生を踏み出したことによって、
戦後の貧困の中を必死の思いで彼を育てた養父母との確執は
修復できないものとなり、2人ともそのまま生涯を閉じた。
窪島さんが心を閉ざしたままだった実母もまた
自死により生涯を終えた。
傍観者には計り知れないような様々な葛藤が
それぞれの人にはあったと思うが
なんともやるせない
「小説よりも奇なり」な現実の物語である。
戦没画学生慰霊美術館『無言館』
召集令状が届き、学徒出陣する前日までキャンパスに向かって
絵を描き続けた画学生たち
窪島さんは、そうした彼らの声にならない無念で悲痛な叫びを
『無言館』に収めた。
では…
養父母や実母の切ない哀しい心は、
窪島さんに届かなかったのだろうか。
なんとも複雑な気持ちになって、
無言館をあとにした。
#窪島誠一郎
#父への手紙
#父水上勉
#母ふたり
#無言館
10月 7
無言館・KAITA EPITAPH 残照館や
周辺で行われるイベント
千本の絵筆供養台
無言館の入口に、戦没画学生の名を刻んだ絵筆を供えて供養する台が設置されます。 | |
| 時期 | 毎年8/14~16 |
|---|---|
岳の幟
「信州の鎌倉」別所温泉で行われる500年前からの祭り。美しい色とりどりの旗を携えて歩く | |
| 時期 |
7/15に最も近い日曜 |
|---|---|
| 時間 | 06:00~ |
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スポット
夭折(若くして亡くなった)画家の美術館は長野県のここにもあります。

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