| 所在地 | 南信/茅野市豊平4734-132 |
|---|---|
| アクセス:車 | 中央道諏訪ICから国道20号諏訪バイパス経由、新井交差点を左折し、国道299号「メルヘン街道」を通る。ICから約30分 |
| アクセス:公共交通 | 茅野駅からアルピコバス 渋の湯行き約20分「尖石縄文考古館前」バス停下車 |
| 入館可能時間 | 9~16時半 |
| 休業日 | 月曜(祝日を除く)・祝日の翌日(祝日や土日曜にあたる時を除く)・12/29~1/3 |
| 料金 | ¥500(高校生¥300・小中生¥200。ただし、諏訪6市町村に在住か在学の小中学生は無料) |
| 電話 | 0266-76-2270 |
| web |
料金や営業日時などは最新の情報でない場合があります。公式サイトやお電話等で直接ご確認ください。記載内容が正確でない場合も、施設に責任はなく、当サイトでも責任は負えません。
とっておき情報
茅野市の尖石縄文考古館は、有名な国宝「縄文のビーナス」が発掘された尖石遺跡のある史跡公園内に作られた博物館です。縄文のビーナスと、2014年に国宝に指定された(それまでは重要文化財でした)の「仮面の女神」やその他の土器、蓼科で古代から採れる黒曜石で作られた石器など、2000点以上の縄文時代の遺物を間近に見られるように展示しています。
尖石遺跡のある八ヶ岳の山麓は、縄文文化が栄えた場所で、その理由として、縄文人の食べ物のドングリなどの落葉広葉樹の実・鹿・イノシシ・川魚などが獲れる森が広がっていること、石器の材料である黒曜石の日本有数の産地だったことが挙げられます。
史跡公園には、縄文考古館以外に、縄文集落の復元住居もあります。尖石縄文考古館では、土器や土偶作り、縄文人の衣装の試着など、縄文時代の体験ができ、「縄文教室」のようなイベントも行なっています。
縄文のビーナスは
茅野市内の、今から4~5千年前の縄文時代中期の遺跡から昭和61年に発掘され、国宝の指定を受けました。妊娠した女性のモデルをデフォルメした美しい形で「ビーナス」と呼ばれます。宇宙人のような流線型の形は、見れば見るほど不思議です。
主な収蔵物
- 縄文のビーナス(国宝)(写真:蓼科中央高原観光協会)

- 土偶「仮面の女神」(2000年発掘。国宝)
- 鉢形・浅鉢形土器(重要文化財)
尖石遺跡 縄文考古館の公式新着情報
ママ不在の休みの午後。天気もなんとかなのでルークと2人で近所の歴史小旅行。
まずは縄文のビーナスが出土した尖石遺跡と与助尾根遺跡でボール遊びと探検をして、続100名城の高島城に2度目の登城、最後は神々の湖、諏訪湖畔から上諏訪温泉街を歩いてきたよ。
カメラ向けるとこちらを見ないか、変顔するようになってきたルーク。
色々見て回ってご機嫌でした。
#盲導犬引退犬ボランティア
#諏訪プチ歴史旅
#尖石遺跡
#高島城
#沢山歩いたね
9月 25
2026夏至のあと、
諏訪の旅へ。
『縄文博物館』で「水煙文土器」を見た。
水の流れが優しくて芸術的✨
「火焔型土器」は、燃え盛る火の土器。
火に対して水の土器があるなんて、
なんだかドキドキ💓🤣
尖石遺跡には苧麻の小さな畑があり、
吸い寄せられるように見学🌿
縄文の頃には衣服の材料に
なっていたのね。
ピンク色に染まる諏訪湖🩷
#縄文博物館 #水煙文土器 #尖石遺跡 #多留姫の滝 #諏訪湖の夕焼け🌆
7月 7
国宝「土偶」
「縄文のビーナス」
昭和61年9月8日、茅野市米沢地区の棚畑遺跡から
出土しました。
〜茅野市広報より〜
国宝指定30周年とのこと
「縄文のビーナス」
縄文時代中期(約5,000年前)
「仮面の女神」
縄文時代後期(約4,000年前)
縄文時代、5000年前と言われてもピンと来ませんが🤭
縄文のビーナスはCTスキャンの画像があり
パーツの組立方が判明しているのだとか
昭和5年から発掘調査が行われたのこと
出土した品々の状態の良さや発掘調査の様子が残されており、改めてエネルギーの高い地なのだと感じたひと時
#縄文のビーナス#仮面の女神#土偶#国宝#国宝指定30周年#尖石遺跡#縄文土器#茅野市#尖石縄文考古館#とがりいしじょうもんこうこかん#顔が宇宙人にしか見えない#国宝土偶ガチャが大人気#TOGARIISHI MUSEUM ARCHAEOLOGY
11月 3
2025.08.16(土)
茅野市尖石縄文考古学館
ずっと気になってた尖石遺跡&与助尾根遺跡へ。
国宝の「縄文のビーナス」と「仮面の女神」の土偶を見てきました。
国宝なのに実物展示、さらには写真撮影OKでびっくり。
館内、ほぼほぼ写真撮影OKだったのも驚き。
考古学館の裏手は与助尾根遺跡で、竪穴式住居が復元されてた。
尖石遺跡のほうは住居跡がひとつだけ残されててあとは堀跡のみ。
尖石遺跡の名前の由来になった尖石も見てきました。
#尖石縄文考古館
#縄文のビーナス
#仮面の女神
#尖石遺跡
#与助尾根遺跡
8月 17
久しぶりの尖石縄文考古館へ。
縄文土器のうねるような躍動感のある造形と細部の美しさにただただ魅入ってしまいました。
考古館からすぐ側にある尖石という地名の由来にもなっている通称「とがりいしさま」も今回初めて見れてこちらも素晴らしかったです。
Amazing collections of Jomon pottery at Togariishi Museum of Jomon Archaeology in Nagano...
#縄文土器
#縄文のビーナス
#尖石遺跡
#御供えがソーセージ
6月 22
引率の仕事は好きだ
そしていちばんたのしげなのは私だといわれる あかんやろそれ😆
研修の付き添いで行った長野県茅野市の#尖石縄文考古館
有名な#縄文のビーナス かわいいぞ
縄文土器は正直なところ荒々しくまがまがしく怖いけど エネルギーはすごく感じる 蛇が土器の縁に乗っていた 西の方にはあまりない世界だから興味深い
ここは大昔にきたことあったけどすごく綺麗になってました
その頃の考古館の写真があって懐かしかった
#茅野市尖石縄文考古館 #尖石遺跡 #縄文 #土偶
1月 7
長野県茅野市 『茅野市尖石(とがりいし)縄文考古館』
*
1️⃣2️⃣国宝🌟「土偶」縄文のビーナス
縄文時代中期(約5000年前)棚畑遺跡出土
粘土には金色に輝く✨雲母が混ざっています。
妊娠した女性の姿で、安産や子孫繁栄を願うマツリに使われたと考えられています。
*
間近で見ると👀確かにキラキラしているようでした😊
下半身がしっかり💦していますね。
大地を踏み締めているよう。
でも顔は幼くカワイイ。ほんとビーナスですね🙆♀️
土偶の中では最初に国宝に指定されました🌟
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3️⃣4️⃣5️⃣6️⃣国宝🌟「土偶」仮面の女神
縄文時代後期(約4000年前)中ッ原遺跡出土
逆三角形の仮面をつけ、神に代わってマツリをする女性を表現したと考えられています。
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仮面の女神は文様も描かれていますね。
背中にも渦巻き🌀文様があります5️⃣
*
気になったのは物を通す穴が開けられていることですね。
4️⃣
マツリの時に崇めたのか?
*
6️⃣仮面女神出土状況
右足が壊れて出土している。
意図的に壊したと考えられているとか。
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7️⃣吊手土器
ランプ🪔として使われたようです🧐
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8️⃣深鉢型土器
茅野市尖石遺跡4500年前
くびれた形と口のなんかオシャっぽいのがイイですね〜
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9️⃣蛇体装飾のある土器
縄文時代中期前半5000年前 中ッ原遺跡
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🔟蛇体把手付深鉢型土器
縄文時代中期前半 尖石遺跡
こちらは把手(とって)が付いています。
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1️⃣1️⃣環状把手付深鉢型土器
縄文時代中期前半 茅野市下ノ原遺跡
なんだか造るのに難しそう💦複雑な文様だ〜
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1️⃣2️⃣貝殻状装飾付深鉢型土器
縄文時代前期末 丸山遺跡
🐚みたいなものが付いているね🧐
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1️⃣3️⃣顔面表現のある土器
縄文時代中期前半 辻屋遺跡
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1️⃣4️⃣浅鉢型土器国宝🌟です。
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1️⃣5️⃣中空の装飾ノある土器
縄文時代中期前半 長峰遺跡
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国宝である縄文のビーナスは、うん感動するね🥹
遥か祖先の人々の願いが現代にまで届くようです。
*
八ヶ岳山麓の縄文文化はスゴイです。
複雑な土器を造り上げ繁栄していたのですね🙆♀️
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11月 17
長野県諏訪市の高島城に行ってきました。併せて、その前に茅野市内の尖石縄文考古館を訪ねて、諏訪大社上社本宮を参拝し、高島城の訪ねた後には諏訪湖畔を散策してきました。
中央構造線と糸魚川・静岡構造線が交差する諏訪湖一帯は、正に日本の中心に位置しています。
隣の茅野市内には、縄文時代の土器が発見された尖石遺跡や矢じりの先に使う黒曜石が採掘されていた冷山などがあるように、この構造線の上には、縄文古道があったという説が正しいと感じられました。
古事記に国譲りに反対した建御名方神が出雲から諏訪へ移ったとされ、新たに信濃国を築き治められた神として記され、千五百年から2千年の歴史がある日本最古の神社の1つに数えられる諏訪大社。
平安時代後期に、諏訪の神を祀る神官が諏訪氏を名乗り武士化し、鎌倉時代に上社と下社に完全分離したとされています。
それぞれ祭政一致の支配者が大祝(おおほうり)と呼ばれ、諏訪明神の依代(現人神)として君臨したとされています。
度重なる甲斐武田氏の攻略を受けた後、武田信玄が諏訪を支配するようになり、茶臼山に高嶋城が築城され、諏訪郡代が駐留しました。
武田信玄の没後、武田家を相続したのは、諏訪家の血統を継ぐ勝頼。勝頼が織田信長軍に滅ぼされた後、諏訪の地は織田家臣の統治下に。
本能寺の変後に、上社大祝の諏訪頼忠が高嶋城(茶臼山城)を奪還し、40年ぶりに諏訪氏の支配が復活。頼忠は一旦北条氏直に属すも、直ぐに徳川家康の配下に入りました。
家康の国替に従い、諏訪家も武蔵国や上野国に移され、代わりに豊臣秀吉家臣の日根野高吉が諏訪に転封し、10年間支配した。その間、諏訪湖岸に高島城が築城され、新しく上諏訪に城下町が作られました。
関ヶ原の戦いで、東軍に就いた諏訪氏は、徳川秀忠に従い、上田城の戦いに参戦するなど武功をあげ、頼忠の子頼水が諏訪領を安堵され、以後、明治維新まで10代にわたって、高島藩主として諏訪を治めたという。
築城の名手であった日根野高吉が諏訪湖畔に築いた高島城は、その美しさから「諏訪の浮城」と呼ばれていました。明治維新に伴い、一度解体され、周囲は埋め立てられたものの、昭和になって地元の方々が天守を忠実に復元されました。
日本の歴史においても常に激動を続けていた地であったことが諏訪湖畔に立って改めて実感することができました。
またいつか再訪して、今度こそ諏訪大社四社巡りや御神体である守屋山にも登ってみたいと思いました。
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9月 15
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